starwish’s diary

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西の空に明けの明星が輝く頃

財政投融資とは

財政投融資(財投)とは

 国債は国家の借金である。国債は国家の成長を阻害するものであり、それによって経済成長することなどありえない。経済成長は民間企業の生産性向上で達成されるもので、事実1965年まで日本は国債を発行せずに経済成長した。それ以降の高度成長期も日本の国債依存度は低かった。
 みたいな頓珍漢な論調をネットではよく見かけるので、今回は昭和の経済成長の原動力となった財政投融資制度の話をする。おじさんの戯言と思われると困るので、遠藤湘吉著「財政投融資」(岩波書店,1966年)から引用する。なお太字は筆者がつけたものである。

「財政投融資とは、ひとくちでいうと、財政のしくみをつうじて生み出される資金や、政府が管理している資金を、一定の計画にしたがって、貸出したり融資したりすること、あるいは必要とあれば出資することである。(中略)融資や出資である以上、とうぜん返済や配当があるとしても、その条件は、民間と異なっていわゆる商業ベースにのる必要はないし、またのらない場合が少なくない。(中略)民間の資金の投融資は、右に述べたように、資金の出してと受けて双方の経済計算によっておこなわれるが、財政投融資はむしろべつの見地すなわち財政上や政策上の必要によっておこなわれるという性格をもっている」
「郵便局にいくと、貯金の勧誘ポスターが出ているのに気がつく。そこには、学校や橋などの写真を背景に、『お預かりした郵便貯金はあなたの町や村を始め各公団公庫などに貸し出され、住みよい町づくり村づくりに大きな働きをしています』などと印刷されている。これは、ほかならぬ財投のことをいっているのである。」

 気の短い人向けにおじさんがかいつまんで言うと、要するに郵便貯金を国が国のために国に対して公共の利益を第一の目的として投資運用する制度である。投資先は道路、空港、鉄道、上下水道などのインフラを始め、住宅、文教、福祉など多岐にわたっていた。新幹線もこの制度を用いて建設された。簡単に図示すると以下のようになる。

財政投融資の概要

 国民の貯金を国が勝手に運用していたのだから、現代の基準で考えると、とんでもない制度である。しかしながら郵便貯金の残高が勝手に減ったというクレームは聞いたことが無いので、実体としては国債と同じく国が「無」からお金を作り出す「信用創造」で供給されたお金といえる。次にその規模を見てみよう。1953年度から2022年までの予算の推移統計を以下に示す。

財政投融資の推移
(元データは財務省財政統計から)

見て分かるとおり、1953年から99年頃まで一般会計比30~60%の規模で、財投資金が国家経済に注入されていた。なので日本の高度成長は国債によらない、民間の力だけで達成されたという論調は誤りである。むしろ財投という国債に準ずる資金源があったお陰で、高度成長は達成されたというべきだろう。

財政投融資の始まり

 財政投融資(財投)は、第58代内閣総理大臣、池田勇人が大蔵大臣(吉田内閣)を務めていた1953年(昭和28年)度の予算編成において制度として確立された。GHQ経済顧問、ジョセフ・ドッジと協力して戦後のインフレ退治に取り組んでいた池田は、赤字国債を発行せずに国家経済へ復興資金を供給するという課題を解決する必要性に迫られていた。財投はこれを解決するために池田が放ったウルトラCであった。
 財政投融資は昭和26年3月に制定された「資金運用部資金法」という法律に基づいて実施されたのだが、この条文、特に第二条がイカしているのでここに紹介する。

 (資金運用部への預託の義務)
第二条 郵便貯金として受け入れた資金は、郵便貯金の日常の払いもどしに必要な資金を除く外、資金運用部に預託しなければならない。

 この条項は一般に財投の「強制預託」制度と呼ばれる。かなり強烈な条文だが、おじさんはここから「戦後の荒廃した日本を何とか立て直したい」という池田の強い意思を読み取ることができて感動してしまった。

財投の終焉

 財投の予算推移グラフを見ると、2000年頃を境に急激に減少しているのがわかるだろう。この頃何があったか思い出してみよう。そう、郵政民営化である。橋本行革から始まり小泉劇場に至る郵政民営化の流れで資金運用部資金法も改定、おじさんお気に入りの第二条は削除された。つまり強制預託制度は廃止ということである。資金源も民間銀行が主となり、商業ベースに乗る案件にしか出資されなくなった。
 確かに財政投融資には非効率な事業や特殊法人問題があり、改革そのものは必要だった。しかし、池田勇人以来、日本の長期投資を支えてきた財投を縮小するのであれば、その代替となる投資資金供給の仕組みも同時に整備すべきだったのではないか。実際には、財投縮小と並行して公共投資や地方向け支出も削減され、十分な代替策は講じられなかった。その結果、日本経済は長期的な投資不足に陥った可能性がある。実際これ以降の日本経済の低迷ぶりは周知の事実である。「自民党をぶっ壊す」という言葉に喝采した私たちは、いったい何が壊され、何が失われたのかを改めて検証する必要があるだろう。

チベット・ネパールの旅

チベット・ネパールの旅(2004年4月~5月)

今回の旅の経路

 空港から市内に向かうバスの中からコレが見えたときは感動しました。おぉ、ついにチベットに来たんだ・・・。
 20世紀半ばまでここは政治の中枢でした。中には絢爛豪華な仏像とか霊塔が沢山鎮座しています。チベットでは政治と宗教は一体です。
 エレベータとかエスカレータとかといった無粋なものは存在しないので、頂上まで歩いて上がらないといけません。高度3800メートルということもあり、結構息が切れます。

ポタラ宮

 ポタラ宮に向かって五体投地で祈る人々。五体とは身体の両手、両膝、額を意味し、これを地に付け、平伏して祈ります。
 妙に人通りが多いのは、ポタラ宮を周るコルラの巡礼者が多いからだと思われます。時々見える、マニ車をくるくる廻しながら歩いている人がそうでしょう。本来これは経を読むのと同じ修行のはずですが、何だか楽しそうです。

五体投地をする人々

 ラサの中心にあるジョカン寺の前で、祈る人々。
 ここでもチベタンは、当然のように五体投地で祈っていました。

ジョカン寺の前で


 ラサ郊外にあるセラ寺から見た山と空。
 今さらながら思う。なんて青い空。

セラ寺にて

 同じくセラ寺の一角から見上げた空。空の神殿というか、風の神殿というか、そんな言葉が似合いそうな風景だ。

セラ寺にて

 セラ寺の一角に描かれていた壁画。仁王様?
 チベットじゃあ自然がモノトーンなせいか、寺の中は極彩色。

セラ寺の壁画

 セラ寺の一角に置かれていたマニ車。コイツは筒の表面にお経が彫られていて、廻す度にそのありがたいお経が読まれたことになるという、有難いアイテム。チベタンはコイツを「オム・マニ・ペメ・フム」と唱えながら廻す。
 考えてみればこのページをご覧のあなたのPCの中では、既に写真のマニ車が電子的にハードディスクの中にプリントされていることになる(※原文2005年のまま)。手回しの何百倍って速さで思い切り廻ってることになる訳で、何かご利益がある・・・かも知れない。

境内に並んだマニ車

 ポタラ宮のてっぺんから見たラサ市街。山裾に緑がないのが標高が高い証拠。ちょっと上がれば標高4千メートル。雪が当然のように積もってる。
 この標高だと高山病が心配になるが、某案内書に書いてあった(と記憶する)「チベットでは高山病にならないよう、過呼吸になるぐらい呼吸をするようにしよう」を実践したところ、本当に過呼吸になって大変な思いをした。

ラサの町並み

 ラサからチベット第2の都市、シガツェに向けて移動する。
 クルマから眺める高原の風景はただただ荒涼としている。そんな中をのんびりと草を喰むヤクの群れ。

高原で草を喰むヤクたち

 走っても走っても続く荒涼とした風景。そのうち夕暮れ時になるが、高度が高くて空気が薄いせいか、それほど空は赤く染まらない。ただ蒼く、暗くなっていく中を、わがトヨタ・ランドクルーザは砂埃を巻き上げて走る走る。

チベット高原を西へ

 翌日の宿のそばのバザール。火打ち道具らしきものを80元に値切って買う。コレを描いてる手元にソレはあるが、なんだかとても手垢のニオイがきつい。
 さあ、高山病対策の水を大量に買い込んで、ネパールに向けて出発だ。

シガツェのバザール


 ティンリの街を出て30分ほど走ったところで出会ったチベタン美女。背中のかごには何か動物の毛皮が入っていた。こんなところでも(逆もまた真なり?)人々の普通の暮らしってやつが営まれていることに感動。笑顔がステキですね。

タシデレ~


 中尼公路タン・ラ峠(標高5050m)から見たヒマラヤ連峰と、それを背景にしたタルチョ群。

 チベットでは峠には必ずといっていいほどこんな風にタルチョがはためいている。コイツは一枚一枚にお経が印刷されていて、これが風にたなびく度にありがたいお経が読まれたことになるという、大変有難いアイテム。さらには風に乗って、有難い仏様の教えが世界中に広まってゆくという効果もあると言うから恐るべし。
 この風景を目の当たりにして僕もたまらずクルマから飛び出し、何事か叫びながら写真を撮る。だが辺りはすごい強風でオマケに思い切り寒く(多分零下5度ぐらい)、後から見たらVGAサイズで撮ってしまっていた(涙)。
 しかしまあ、エライ所行ってきたんだなあと、自宅のPCで写真見ながら改めて思う。

タン・ラ峠から見たヒマラヤ連峰

 ニャラムの街を過ぎると、高度が一気に下がって森林限界を超えるため、周囲の風景は一変する。山肌は緑で覆われ、空は曇りがちとなり、国境の町、樟木(ジャンム)じゃあ土砂降りの雷雨となる。
 そんな中を僕たちを乗せたランクルは、ヒマラヤの雪解け水がその山脈自身に刻んだ深い谷を辿って、ネパールに向けて進んでいく。いずれこの流れが、ガンガとなってインドの地を流れるのだ。

ネパールへの道

 ジャンムからネパール側国境の町、コダリに入った。イミグレで厳ついおっさんに入国スタンプを「がちゃん」と押してもらい、パスポートがまた賑やかになった。
 イミグレのゲートを出ると、お決まりのように現れるヤミ両替商にかけあって、手持ちの中国元を500元ほど両替する。他に適当な両替屋が見当たらず、他の旅人もここで両替することになったオカゲで、当のオヤジはほくほく顔だ。
 カトマンズはここからまだ遠いので、今日はコダリからバスで10分ほどのタトパニという温泉街で泊ることにした。因みに「タトパニ」とはネパール語で「熱い水」を意味するらしい。
 宿は川べりの小さな部屋。屋根を叩く雨の音と、川を流れる水の音をBGMにしながら、見知らぬ土地での夜は更けてゆき、そのままずぶずぶと深い眠りに落ちてゆくのだ。

タトバニ温泉

 タトバニのバス停でバスを待っていたヒンドゥーの行者様。髭が見事だ。写真を撮っていいか尋ねたら、快くOKが出た。

ヒンドゥーの行者様

 バス停の近所で遊んでいた近所の少女。カワイイ。

はい、ポーズ

 タトバニ温泉からバスでカトマンズに向かう。途中軍人が乗り込んできてパスポートをチェックされて一旦バスを降ろされる。テロリスト対策だろうと思うが、小銃の銃口を向けられたときは怖かった。。。
 道は至る所で土砂崩れを起こしており、堆積した土砂で斜めになっていて、反対側は切り立った崖。そんなところをバスは恐る恐る通り抜ける。
 写真はそうこうしてたどり着いたカトマンズのスワヤンブナート寺院からみたカトマンズ市街。煙に霞んでいる。

煙に霞むカトマンズ市街

 カトマンズ市街にある小高い丘の上に立つ、スワヤンブナート寺院。麓から長い階段を登った上にある。ネパール最古の仏教寺院だが、チベット仏教の影響が随所に見られる。写真は中央にそびえ立つ仏塔(ストゥーパ)。

スワンヤプナート寺院の仏塔(ストゥーパ)

 たなびくタルチョと、至る所に設置してあるマニ車はチベット仏教のしるし

スワヤンブナート寺院


 カトマンズからバスで40分程度の場所にある、古都バクタプルに出かけた。木造Xレンガ造りの町並みは日本と似ているようで違っていて、何だか不思議な雰囲気。ナウシカの世界っぽい。

トウマディー広場の塔

 塔の上で休憩していると、子供たちが登ってきた。

塔に登る子供たち

 広場にある五重の塔。この上で暫くボーッとして町並みを眺めていた。京都や奈良にもあるが、似ているようで似ていない、摩訶不思議な雰囲気を纏っている。

バクタブルの五重塔

 バクタブルから更にローカルバスに乗り、世界遺産チャングナラヤン寺院に着く。豪華絢爛さだけでなく、時の流れも感じさせる金色の装飾が美しい。

チャングナラヤン寺院

 正面上の装飾のクローズアップ

チャングナラヤン寺院の装飾

 正面横に鎮座する狛犬のような不思議な生き物の像

狛犬のような、狐のような何か

 最近収穫が終わったのだろうか、通りでは皆さん総出で麦の脱穀をしている>

脱穀をする人々


 チャングナラヤン寺院は小高い丘の上にあるので、周囲にはこのような段々畑が続いている。日本の山村に良く似た風景だ。

ネパールの段々畑

 バクダブルに戻ってきた。レンガ造りの町並みが夕陽に映えて美しい。

夕暮れのバクダブル

 カトマンズで最後の夜を過ごした後、ここで朝食を食べ、空路帰国の途についた。さらばカトマンズ。>

さらばカトマンズ

おじさんの自由研究(5)

自由研究(3)で惑星の逆行について取り上げたが、平面的に惑星の運動を描くだけでは面白くない。なので今回は実際に星空を背景に逆行する様子をアニメーションとして具体的に描いてみたい。

前回説明したように、惑星の運動はケプラーの法則

  1. 惑星は太陽を1つの焦点とする楕円軌道を描く
  2. 惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である
  3. 惑星の公転周期の2乗は、楕円軌道の長半径の3乗に比例する

で表されることがわかっている。実際の位置を計算するには具体的な軌道を表す物理量が必要だが、暦Wiki/軌道要素 - 国立天文台暦計算室を見ると、次の6つの軌道要素が挙げられている

  • a:軌道長半径
  • e:離心率
  • Ω:昇交点黄経
  • i:軌道傾斜角
  • ω:近点引数
  • λ:平均黄経

具体的な数字は暦Wiki/平均軌道要素 - 国立天文台暦計算室に掲載されているので、これらを使って星空の中を惑星がどう動くかを表示させてみる。そのためには次の3つの段階を踏んだ計算が必要だ。

  1. 楕円軌道上での惑星の位置を計算する
  2. 3次元空間における惑星の位置を計算する
  3. 地球からみた惑星の位置を計算する

以下この順序で火星が逆行する様子を描画する手順について考えよう。

理屈だけだと実感に乏しいので具体的な計算をしながらやってみる。惑星の逆行を表す天文現象は「留」と知られ、天象 - 国立天文台暦計算室によれば、直近の火星の留は2024/12/07 20:59と2025/02/24 09:35(いずれもUT:世界時)である。この2つの時刻(t1,t2)における惑星の位置を確認しながら計算を進めることにする。

1 楕円軌道上での惑星の位置を計算する

楕円軌道上の惑星の運動を直接解析することは難しいので、真円である補助円上の動きに置き換えて考える。この仮想的な点のことを離心近点という。離心近点と惑星の近日点がなす角である離心近点角 Eは、定数である平均運動nと離心率eを用いて

ケプラー方程式

 nt=E-e\sin E      \quad (1)
 

で表されることは、自由研究(3)で紹介した。この関係を動画で示すと次のようになる。

惑星とその離心近点、平均近点の動き

ここで平均運動nは、惑星及びその離心近点が近点から掃く面積N,N'

 \displaystyle N'=\frac{a}{b}N=\frac{1}{2}a^2nt

で結びついた、面積を角度に置き換えた関係を持つ、仮想的な角速度である。平均運動は面積という観測し辛い量を角度に置き換えて、軌道を簡単に表すために導入された量である。補助円上を一定の角速度nで動く、仮想的な点のことを平均近点という。

またここで式(1)のtは近点からの経過時間だが、惑星はt=0のとき都合よく近点を通るとは限らないので、軌道計算の基準時(epochと呼ぶ)を導入する。tをepochからの経過時間、その時点における平均近点角をM_{0}とすると、ケプラー方程式(1)は

 nt+M_0=E-e\sin E \quad (2)

と書き換えられる。ここでeは離心率であり、平均運動nはガウスの引力定数k=0.01720209895[rad]と軌道長半径aを用いて、

 n^2=\frac{k^2}{a^3}

で表される。M_0は平均黄経 \lambda \lambda=M_0+\Omega+\omegaの関係にあるので、これから M_0を求め、a,eと合わせてケプラー方程式(2)に代入して Eについて解けば離心近点角が求まる。その結果を下の表に示す。ケプラー方程式は解析的には解けないので数値的に近似解を得る必要があることは自由研究(3)で述べた通りである。またここでepochは2000年1月1日12時(UT)である。

時刻 火星の平均近点角 火星の離心近点角 地球の平均近点角 地球の離心近点角
t1 111.825269° 116.610998° 333.759781° 333.330355°
t2 152.973994° 155.217720° 51.154043° 51.906998°

離心近点角Eが求まれば軌道平面上の位置(x,y,z)は次のようになる。

 \begin{gather}x=a(\cos E−e) \\ y=a\sqrt{1−e^2}\sin E \\ z=0\end{gather}

この式を用いて留の時刻における地球と火星の位置を求めると次のようになる。単位は太陽と地球の間の距離を1とする、天文単位(AU)である。なおここまでの計算は2次元なのでz座標はない。

  地球 x 地球 y 火星 x 火星 y
t1 0.876912060 -0.448783505 -0.824849785 1.356315437
t2 0.600242317 0.786901450 -1.525706685 0.635889375

2 3次元空間における惑星の位置を計算する

惑星の軌道要素は、原点を太陽、地球の公転面をxy平面、x軸の正方向を春分点方向、地球公転面に垂直で、公転が反時計回りに見える方向をz軸の正方向とした、黄道座標系で定義されている。1章で求めた楕円は原点を太陽、近点方向をxの正方向とした平面座標なので、3次元空間における惑星の位置を計算するためにはこれを立体的な黄道座標系に変換する必要がある。

最初に楕円の近点方向を春分点方向にあわせてxy平面に置き、z軸回りに\omega、新しいx軸回りにi、最後にz軸回りに\Omegaの回転操作を行う。この操作を以下に動画で表示する。

惑星軌道に対する回転操作

 この変換を行列を用いた式で書くと、次のようになる。

 \begin{pmatrix}x'\\y'\\z'\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cos \Omega&-\sin \Omega &0\\\sin \Omega&\cos \Omega\\0&0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0&0\\0&\cos i &-\sin i\\0&\sin i&\cos i\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos \omega&-\sin \omega &0\\\sin \omega&\cos \omega&0\\0&0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\y\\z\end{pmatrix}

この式を用いて留の時刻における地球と火星の位置を求めると次のようになる。単位は天文単位(AU)である。

  地球  x 地球 y 地球 z 火星 x 火星 y 火星 z
t1 0.239722302 0.955465651 -0.000055282 -0.206104195 1.573544834 0.038032234
t2 -0.901889867 0.407552940 -0.000018582 -1.138111873 1.197508950 0.053008181

表1

3 地球からみた惑星の位置を計算する

2章で黄道座標系における地球と火星の3次元位置は計算できたので、次に地球から見た火星の天球座標位置を計算する。地球の位置をx_e,y_e,z_e、火星の位置をx_m,y_m,z_m、地球と火星の距離を \Deltaとすると、地球から見た火星の天球座標位置(\alpha,\delta)は以下で表される。

  \begin{gather}\Delta\cos \delta\cos \alpha=x_m-x_e\\\Delta\cos \delta\sin \alpha = y_m-y_e\\\Delta\sin \delta=z_m-z_e\end{gather}

これを(\alpha,\delta)について解くと、

\alpha = \operatorname{atan2}(y_m - y_e,\ x_m - x_e),\quad\delta = \arcsin\!\left(\frac{z_m - z_e}{\Delta}\right)\quad(3)

ここでatan2(x,y)関数はarctan(x/y)の値域をx,yの符号により象限を切り分けて-\piから+\piまで拡張してくれる関数である。pythonのmathモジュールにも含まれているのでこれを使って、留における火星の天球座標位置を計算すると以下となる。黄道座標から計算しているので、結果は黄経、黄緯となる。

  黄経 黄緯
t1 125.803276° 2.861127°
t2 106.648340° 3.679760°

これで火星の視位置がわかったので、背景となる星図を準備する。今回はスミソニアン天文台星表https://cdsarc.cds.unistra.fr/ftp/cats/I/131A/を使ってみよう。試しにオリオン座付近を表示させてみる。

恒星データのプロット例

それっぽい表示ができたので、このまま火星の位置を図にプロットしたくなるが、星図では星の位置が赤経、赤緯で表現する赤道座標系で記載されているので、(3)で求めた火星の黄緯、黄経を赤経、赤緯に変換する必要がある。赤道座標系というのは地球の赤道をxy平面、地球の自転軸の北向きをz軸の正方向として定義された座標系なので、地球の自転軸が公転面に対して傾いている分、黄道座標系で表された位置も傾けてやる必要があるのだ。といってもx軸は赤道座標でも黄道座標でも春分点方向と決まっているので、\Omega,\omegaについて回転させる必要はなく、単にx軸の回りに地球の赤道傾斜角 \varepsilon=23.439291°相当の回転操作を行うことで計算できる。

 \begin{pmatrix}x^{\prime\prime}\\y^{\prime\prime}\\z^{\prime\prime}\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0&0\\0&\cos \varepsilon&\sin \varepsilon\\0&-\sin \varepsilon&\cos \varepsilon\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x'\\y'\\z'\end{pmatrix}

表1にある火星の黄道座標系における位置をこれで変換し、黄道座標を天球座標位置に変換するのと同じ手順を適用すると、火星の赤経、赤緯(\alpha,\delta)は以下となった。検算のため、NASA JPLの惑星位置計算サイトHorizons Systemの出力を併記する。僅かながら食い違いがあるのは、次のような原因である可能性が高い。

  1. おじさんのモデルは単純なケプラー楕円モデルだが、JPLのそれはN体の運動方程式を数値積分で解く高精度モデルである
  2. おじさんのモデルでは光が火星から地球に届く時間を考慮していない

 

  本研究   JPL  
  赤経 赤緯 赤経 赤緯
t1 128.930052° 21.592548°  128.94096° 21.58945°
t2 108.556714° 26.052907° 108.56974° 26.05164°

この他にも座標系の違いなどいろいろな理由が考えられそれぞれ奥が深いのだが、詳細に詰めていくのは自由研究の範疇を超えるので、今回はこれくらいにしておく。

t1,t2における火星の位置を先程の星図を用いてプロットし、更に前後1か月を含めた期間の位置を計算した結果を動画にしてみる。

 

星空を背景にした火星の動き

右上の明るい恒星はカストルとポルックス、つまりこの辺は双子座である。火星が惑う様子を双子との関係でギリシャ神話風にまとめてうまく言おうと思ったが、おじさんにそこまでの文才はないのであった。

 

参考文献
長沢 工,天体力学入門(上),地人書館
中野 主一,マイコンが解く天体の謎,誠文堂新光社

2025年読んだ本ベスト

銀河風帆走 宮西 建礼 創元日本SF叢書

2024年日本SF大賞特別賞受賞作。最近和書で数字がばしばし出てくるハードSFが読めていないなと思い、探したところこの本に出合った。期待通り広範かつ、様々な単位に渡る物理量が出てくることに加え、ネタもキャラクターも若く、とても今っぽくて嬉しい。ジュブナイルと言ってもいい「されど星は流れる」もいいが、印象に残るのはやはり表題作。アイデアからクラークの「太陽からの風」を思い出したが、こちらは降着円盤ジェットを推進力とする銀河系スケールの物語だ。更にクラークでは描ききれない、生命の儚さまで描いたエモーショナルなハードSFになっていることが素晴らしい。未来への希望を余韻として残す終わり方も味わい深く、中島みゆきの「二艘の舟」を宇宙に浮かべて物語にしたような文章に思わず落涙してしまった。科学小説の存在意義を自ら体現しているような作品だと思う。

なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか 横道 誠 オーム社

昔のテレビアニメ「ムーミン」のクレジットに出てくる謎の原作者、トーベ・ヤンソンムーミン谷に住むキャラクターの特異性と相まって謎が深まるばかりという感想を持っていたのだが、これを読んで揃って腑に落ちた。ムーミンと言えば面白いというより時に怖さすら感じさせる不思議な世界が魅力的だったが、ニューロマイノリティという作者の特性を勘案すれば、ストレートに理解可能なのですね。特にスナフキンが『成熟したニューロマイノリティ』と評されているところは、子供のころからの憧れの気持ちが言語化されたようで、何だか嬉しかった。

成瀬は天下を取りにいく 宮島 未奈 新潮文庫

面白かった。中学生が考え付くことの大半はくだらない事ばかりなのだが、それを真面目に最後まで取り組み、変だとも思わず、むしろ変であることを誇りにする生き方が素晴らしい。木で鼻を括ったような返事なのに冷たく感じないのは、感情と意思が自然と同じ方向を向いているからだろう。中学生にして既にカントの言う真の自由、感情に左右されない意思の力を手に入れているようで末恐ろしい。私も成瀬ほどではないにしても、もう少し自信に満ちた学生生活を送ってみたかったと今更ながら思うのだが、困ったことに後悔は先には立たないのである。

平等について、いま話したいこと トマ・ピケティ,マイケル・サンデル 早川書房

示唆に富む対談集。自己責任論と新自由主義が幅を利かせるこの国において、もっと広く読まれるべき書物。医療や教育を市場の原理に委ねようとする動きに対して、以下の一文を贈りたい。『価値評価はすでにひとつの政治プロセスになっています。価値評価が市場や需要と供給にゆだねられるという考えは、知的見地から言って説得力がありませんし、実際そのような仕組みにもなっていません』。人々が市場原理に任せたがるのは、要するに民主的な方法で価値を決めるのが面倒だからという意見にも納得。コストがかかるのが民主主義であり、万事に対してコストを優先する社会は民主主義とは言えないのだ。

所有せざる人々 アーシュラ・K・ル・グィン ハヤカワ文庫SF

主人公シェヴェックが幾度もの決断、行動、挫折の末に辿り着く、ラストシーンに静かな感動を感じることができる名作。社会主義対資本主義的な読み方もできるだろうが、自分的には理想に燃える青年が良き世界を求めて行動した末に味わう現実の厳しさ、という読み方の方が腑に落ちる。読後感は文章の密度が濃いこともあって重厚な大河ドラマのようである。随所にちりばめられた含蓄に富む言葉を集めて書き写すだけでも、自分の言語世界が豊かになる実感が湧く。『物事というのは、全体的に見る事さえできれば、いつだってきれいに見えるものなんだよ』

ドストエフスキーとの59の旅 亀山 郁夫 日本経済新聞出版社

古書店の閉店セールで入手した。内省的でときにユーモアが顔を出す文体は自分の中の感傷的な面を刺激して心地よく、また時代背景など様々な情報を交えたドストエフスキーの理解は新鮮で楽しい読書体験だった。その昔「カラマーゾフの兄弟」を読んだときは、登場人物と、名前の多さに圧倒され、ストーリーを把握するのが精一杯だったことが思い起こされる。今回改めて同作を読み直し考えるに、ドストエフスキーについて語ることはすなわち自分について語ることだという思いを強くしたが、その感想を持てたのは自分にとって僥倖であり、筆者に感謝である。今度亀山さん訳の「カラマーゾフの兄弟」も読んでみようと思う。

興亡の世界史 東インド会社とアジアの海 羽田 正 講談社学術文庫

17世紀から18世紀にかけてのアジアを巡る世界史を、英、蘭、仏東インド会社の興亡を軸としてダイナミックに再構成して解説してくれる研究書。歴史書というと国家や個人を中心に記述される書物が多いが、海を介した繋がりという観点から見ていくと歴史が立体的に理解できてとても面白い。また会社と言いながら軍隊まで所有し、ときに海賊まがいの行為までやってのけるところは今日の「会社」とはだいぶ様子が異なり興味深く、読んでいて「ワンピース」の世界を垣間見るようだ。

数覚とは何か?: 心が数を創り、操る仕組み スタニスラス・ドゥアンヌ ハヤカワ文庫NF

日常生活に入り込みすぎて普段はあまり意識していない「数」を人間が意識する仕組みである「数覚」について、徹底的に調査・考察する本。人間が数を対数ベースで感覚的に把握しているというのは、聴覚神経が音圧を対数でエンコードしているという話とも符合して納得できるが、具体的に小さな数の違いと大きな数の違いに対する反応時間の差として示されると非常に説得力がある。日本人の計算能力の高さは日本語による数値表現の簡単さに起因しているというのも納得の事実。

焼酎の科学 発酵、蒸留に秘められた日本人の知恵と技 鮫島 吉廣,髙峯 和則 講談社ブルーバックス

焼酎について歴史、製法、味、風味など多面的に科学する本。『ウィスキーの科学』も素晴らしかったがこちらも好著。「本格焼酎」はキャッチコピーだと思っていたが、ちゃんとした定義があるというのはドイツビールみたく文化として深く根付いている証拠だろう。黒霧島の黒は黒麹の黒というのも刮目だが、風味にも関係するなど糖化だけにとどまらない、麹の多様な能力にも感心した。まろやかさはアルコールが水中でクラスタ化して、直接舌に触れなくなるからというのも腑に落ちた。焼酎の新しい楽しみ方が手に入れられて嬉しい。

マシアス・ギリの失脚 池澤 夏樹 新潮文庫

人間の暗く哀しい性質を南洋の温かい空気で発酵させ、果物の葉で包み込んで食べ物にしたような不思議な小説。架空の国家ナビダード大統領マシアス・ギリの生涯を描いた物語、といっても大河小説のような立身出世物語ではなく、寓話に満ちた南国のおとぎ話のような物語になっているのが面白い。「神様のお告げ」という言葉が実効性を持っているような南国の情景にある種の憧れを感じてしまうのは、現代日本にとって神様はファンタジーと化してしまった現実があるからか。ところでこの国では神様はバスの姿を纏って現れるのだが、その様子が茶目っ気たっぷりで楽しそう。

Patagonia

 

(チリ側パタゴニアを代表する景勝地、パイネ国立公園にて。)

  今から数万年前、南北アメリカ大陸とアジア大陸は地続きだった。その時代は氷河期という名が示すとおり、水が氷河の形で陸地に蓄えられた結果、海水面が低下して水深の浅いベーリング海峡は干上がっていたと考えられるからだ。
  その陸続きになったベーリング海峡を渡って、僕たちの祖先は新大陸に向けてはるかな旅を始めた。コロンブスの新大陸発見から遡ること数万年、グレート・ジャーニーの始まりだ。
  吹雪舞うアラスカの原野、砂埃舞う北米の荒野、中南米の密林と焼け付くような太陽。まだ誰の目にも触れたことのない風景の中を彼らは旅した。ある者はそれぞれの場所を約束の地と定め、そこで一生を終えただろう。だがある者は何かに突き動かされるように、未知の土地へと旅を続けた。旅の途中で病に倒れた者もあったかも知れない。
  そうやって何世代にも渡る旅を続けた彼らは、やがて南アメリカ大陸最南端の地、パタゴニアに到着した。今からおよそ1万3千年前のことだったと考えられている。その先は南極へと続く「吠える海」ドレーク海峡。彼らの旅はそこで終わったのだ。
  彼らが数万年をかけて旅をした行程を、現代の旅人はわずか40時間程度で旅する。彼らがかけた歳月に比べれば一瞬ともいえる時間だ。彼らが目にした風景と現代の旅人がジェット機で飛んだ風景とは、同じ風景であっても異なるものかも知れない。だが分刻みの日常に追われる僕たちにしてみれば、はるかな風景であることには変わりはない。

ホテル・モンテカルロ

  関西空港からロス、マイアミ、サンチャゴと乗り継ぎ、チリ側パタゴニアの代表都市、プンタ・アレイナスにたどり着く。合計40時間に及ぶ空の旅で、体内時計はもうめちゃくちゃだ。時計を見ると午後4時、もうこれは飯食って寝るしかないということで、椎名誠が泊ったという、ホテル・モンテカルロを探してチェックイン。部屋に入るとほぼ同時に寝てしまった。目覚めるとちょうど朝8時ぐらい、連続15時間ほど寝ていたことになるが、おかげで時差ボケすっきり快調だ。

マゼラン像

チリ側パタゴニアの玄関口、プンタ・アレイナスのアルマス広場にあるマゼラン像。てっぺんで大砲に跨ってふんぞり返っているのがマゼラン。その下の台座に腰掛けているのがパタゴニア先住民族、アラカルフ族の漁師。

アラカルフ族の足に触れる

  このアラカルフ族の足に触れると、航海を無事に終えることが出来るという言い伝えがあるらしい。私も早速そのでかい足に触れてみる。みんな同じ事をするらしく、足先だけ異様な光沢を放っている。

丸い街路樹

  街中でよく見かけたケーキのような街路樹。樹木の剪定にもお国柄というものがあるようだ。

 

遠くにパイネ山塊を望む

  プンタ・アレイナスからバスでプエルト・ナタレスに移動、チリ側パタゴニアを代表する景勝地、パイネ国立公園に赴く。公共交通機関はないので、現地の旅行会社で現地ツアーを申し込む。街を出て数時間、何もない荒野を突っ走ると、目の前に巨大な山塊が現れた。

グアナコの群れ

  パタゴニアでよく見かける動物、グアナコさんの群れ。ラクダとラバの中間みたいな、何となくホンワカとした雰囲気を感じさせる生き物だ。

遠くを見るグアナコさん

 休憩中のグアナコさんを後ろからパシャリ。おしりがかわいい。

パイネ・グランデ

  駐車場に車を停めて、数時間のトレッキングツアーに出かける。これぞパタゴニアという感じの風景に心が躍る。中央に聳えるのはパイネ山塊最高峰、パイネ・グランデ。脇に見える滝はサルト・グランデ。

 

パイネの角

  パタゴニアの大地は氷食地形である。やわらかい地面はことごとく氷河によって削られ、凹凸の少ない、なだらかな大地となる反面、「私は何としても山である。誰が何と言おうと山である」という頑固な岩ほどその輪郭が研ぎ澄まされ、こんな風にその鋭さを際立たせるのだ。

ぺオエ湖

  奇跡のように美しい湖、ペオエ湖。湖水が白く濁っているのは上流に氷河がある証拠だ。氷河によって岩がパウダー状に削られた結果水中でも沈殿せずに漂うため、こんな美しい青みを帯びた乳白色になる。

アルゼンチン国境

  プエルト・ナタレスからアルゼンチン側に移動する。国境は至ってシンプル。パタゴニアはチリ・アルゼンチン両国にまたがっているので、この後何度も国境を通ることになる。

 

車窓から

  パタゴニアでの移動手段は都市間バスだ。街と街の間は300キロぐらい離れていて、その間は本当に「何もない」荒野。地面を軽く整地しただけの道路を砂ぼこりを立てて突っ走る。

フィッツ・ロイへの道

  エル・カラファテを経由して、長距離バスに揺られること6時間、フィッツロイ最寄りの村、エル・チャルテンにたどり着く。時間も遅かったのでそのまま投宿して寝てしまう。翌日は天候もよく、フィッツロイの麓までトレッキングだ。

 

フィッツロイへの道

  エルチャルテンからフィッツロイに向かうトレッキング道。典型的な氷食地形である、U字谷だ。かつてはここを氷河が埋め尽くし、谷を抉った歴史があったということ。

人馬分離標識

  このトレッキング道は人だけでなく荷物運搬用に馬も通る。なので馬糞が道中いたるところに転がっており、コイツが放つニオイが強烈で、それを狙ったハエのデカさもまた超弩級。ついでにニンゲンもターゲットとするらしく、始終まとわりついて実に鬱陶しい。いやはや、本当の自然というものは、単に「キレイねえ」だけで終わらないのだ。

斜めになった木

  パタゴニアは常に強風が吹いているので木がまっすぐに育たず、こんな風に斜めに育つらしい。

 

名峰・フィッツ・ロイ

  エル・チャルテン村から4時間ほどトレッキング、フィッツロイの麓までたどり着いた。道すがらずっと雲がかかっていて姿が見えなかったのだが、この時だけは雲が切れて写真に収めることができた。

宿の中庭で

  トレッキングから帰ってきて、シャワー浴びて中庭でビールを一杯。左下に少しだけ写ってるのがアルゼンチンでメジャーなビール"Quilmes"。なんで全部フレームに入れなかったのか、私は。

エル・カラファテの街並み

 エル・チャルテンからカラファテに戻ってきた。飛行機の出発時間まで間があるので街を散策する。

教会のようす

 街中にあった教会を見学させてもらう。何という教会だったかは記憶に残っていないが、美しい建物だ。
「Yo soy la vida, el camino y la verdad.」=「私は道であり、真理であり、命である」ヨハネ14:6

空港に向かう途上で

 空港に向かうタクシーが途中でパンクしてしまった。運転手氏が懸命に修復を試みるが、交換したタイヤもダメっぽい。あきらめた運転手氏は通りを走っている別のタクシーを捕まえて乗せてくれた。あのあと無事に復旧できたかなあ。

ウシュワイアに向かう飛行機の窓から

 エルカラファテから空路ウシュワイアに向かう。何の拍子か、人生初のビジネスクラスがあてがわれて快適だ。窓からは雪を抱いた山々が見える。

 

サンタペンギン

  南極に近いこともあってか、土産物屋の店頭にはコウテイペンギンがいた。クリスマス直後だったからか、サンタのコスプレをしている。

 

ペンギン一家の団欒

 こっちではテーブルを囲んで一家団欒のご様子

 

ウシュワイアの街並み

  ウシュワイアの街並み。こんなふうに山がすぐ近くまで迫っていて、平地に乏しい地形となっている。

港の様子

  港には南極行き?らしき船が泊まっていた。

 

海から眺めたウシュアイアの街

  ペンギン観察ツアーの船から眺めたウシュアイアの街。山が近く神戸の街を思い起こさせる。低山にもかかわらず森林限界が低く、雪をかぶっているのは高緯度地方である証。言い忘れたが、ここがかの有名なビーグル水道だ。

マゼランペンギンの営巣地の様子

  一時間ほど船に揺られてマゼランペンギンの営巣地に近づく。野生のペンギンを見るのはこれが初めてだ。彼らはこれが自然なのだろうが、なんともユーモラスな姿に顔がほころぶ。

クローズアップ

 ペンギンさんをクローズアップ。こちらを見ているような気もする。

ん、お前誰だ?

 昼食のため上陸した桟橋の近くに牧場があった。その中にひときわ目立つ白い馬がいた。

 

ツアーボート

 ツアーボートの様子。

高台の公園から海を見る

 高台にある公園からウシュアイアの街越しに海を見る。写真にあるようにウシュアイアの街はあちこちに咲いているルピナスが印象的だ。

 

夕陽に映えるウシュアイアの街

 夕陽に映えるウシュアイアの街。緯度が高いこともあり結構遅い時間だったように思う。

ウシュワイア=マルビナス・アルヘンティーナス空港

 ウシュワイアから空路エル・カラファテに戻る。空港のロビーは御覧の通り木をふんだんに使った構造になっているのが特徴的だ。

ペリト・モレノ氷河

 エル・カラファテでモレノ氷河トレッキングツアーに申し込む。総勢50人ほどのツアーになるが、日本人は私一人。たまに大規模な氷河崩落が見られるらしいが、しばらく眺めていてもパラパラと崩れる程度だった。

公園のようす

 氷河の先端付近は公園として綺麗に整備されている。

ボートに乗り込み氷河の先端へ向かう

 ツアーの参加者を載せたボートが氷河先端に近づく

氷河先端

 氷河の先端。さすがに近くでみるとなかなかの迫力だ。

氷河トレッキングに向かう

 桟橋で船を降り、いよいよ氷河トレッキングに向かう。

足元にはアイゼンを装着

 ツアーガイドからアイゼンの貸し出しをうけ、足元に装着。"Keep your foots apart"と言われ、ふんふんと頷く。

氷の上を歩く人々

 氷の上はこんな感じ。皆さん楽しそうだ。写真撮り忘れているが、この後氷河の氷を使ったロックウィスキーが振舞われた。みんなでカンパーイとやってとても盛り上がった。酒も旨かった。

氷の上の小川

 溶けた水が氷の上を流れ、小川みたいになっている。水はとても透明度が高くきれいだ。

イスクライミングのデモ

 ツアーガイドがアイスクライミングのパフォーマンスデモを披露してくれた。ピッケルとアイゼンを交互に氷壁に打ち付け、ザクザクと登っていく。

さらばパタゴニア

 プンタ・アレイナスに戻り、来た行程を逆にたどって帰途に就く。カラファテから戻るバスで近くに座っていたご婦人に飴玉をもらい、一瞬ここは大阪かと思う。

 

サンチャゴ空港にて

 サンチャゴ空港でマイアミ行きの飛行機に乗り換える。空港ロビーにはスーツケースを使ったオブジェが飾られていた。チリのアーティスト、パトリック・スティーガーの作品『Legoport』とのこと。空港グラウンドスタッフの仕事を称える碑のような気もする。

 これで2週間に及ぶ憧れのパタゴニアの旅が終わった。この地を旅して思ったのは、日本の田舎では「何もない」という表現をしても実際は「何かある」ものだが、ここパタゴニアでは本当に「何もない」ということだ。

 街と街の間は300キロぐらい離れていて、その間は本当に何もない未舗装の荒野。そこを都市間バスが砂ぼこりを上げながら突っ走る。途中でエンストでもしようものなら
乗客全員野垂れ死にとなりかねない。

 そんな荒れ果てた大地を進んだ先に現れる奇跡のように美しい風景。その美しさは、パタゴニアの過酷な自然に耐えた者のみに許される特権なのかもしれない。

 


1st edition in Jan.,2006

2nd edition in Jun.,2025 

国債は国の借金ではありません

 最近、世の中が減税と財源としての国債に関する議論で騒がしいので、ここで改めて国債発行に関する議論を蒸し返しておく。

 国債は国の借金というが、この借金は誰が誰に借りていて、返すと何が起こるかよく考えてみよう。一般には国が投資家や金融機関に借りていて、返さなければならないものだと思われているだろう。では金融機関が国に国債の償還を求めてお金を返してもらうと、国債は返されたことになるのだろうか。実はそうはならない。返してもらったお金もまた国債を発行することで作られたものだからだ。

 日本円というものは国債を担保に日本銀行がいわゆる信用創造によって「無」から作るものだ。なのですべてのお金は大本を辿れば国債に行きつく。つまり世の中にある日本円は全て国債発行により作られた借金である。従って国債を返すということはそれによってつくられた日本円を「無」に帰することであり、国債の償却とは日本円の「焼却」に他ならない。

 金融機関が国債を償却しても償却にならないというのなら、国債は実際いつ償却されるのか。現実の国家会計でいうと、歳出を税収以下に抑えたとき、その額に相当する国債が償却される。そして余った日本円は「無」に帰される。現代ではほとんどの日本円は電子決済なので単に記憶装置から消されるだけだが、紙幣は燃やされないまでも古紙として再生されてトイレットペーパーとかになったりする。

 多くの国民は歳出を税収以下に抑え「借金」を返すと、国民が自由に使えるお金が増えると誤解しているが、返した借金はドロドロに溶かされてトイペにされてしまうというのが真相だ。なので借金だからと言って闇雲に償還してしまうと、国の経済が縮んでしまって悪影響を及ぼすことは少し考えてみればわかるだろう。

 以上の事実から明らかなのは、国債は借金といっても返す必要のない借金、いやむしろ返してはいけない借金、更にむしろ、積極的にしなければならない借金である。世界的に見ても国債発行残高は増える一方なのが普通だ。なのでこれを借金と呼ぶのは適切ではない。将来のための投資と呼ぶ方が適切だ。

 今日の日本のように経済が成熟した国では、印刷(発行)するだけで「富」の象徴であるお金が生まれるという事実に違和感を持つ人も多いと思うが、その違和感は和同開珎以来、時の権力が貨幣というものに信用を与えるため続けてきた涙ぐましい努力の賜物であり、貨幣の発行自体は「紙幣を刷るだけ」「キーボードで数字を入れるだけ」という、それだけの行為に過ぎない。

 この説明を聞いて、ニュースでさんざんやっている「財源」って何だと疑問に思う人も多いだろう。そう、実のところ根本的には近代国家の財政に財源問題というのは存在しないのだ。そもそも国の歳出自体、最初は国庫短期証券という国債で全額賄われている。それはそうだろう、税金を財源としてしまうと、税金が納められるまで予算執行できないというバカげた事態になることは少し考えればわかるだろう。

 これだけ説明しても「借金」という言葉が頭にこびりついて離れない人は、通貨発行主体である日本国政府が、どうやったら日本円が足りない状況に陥るのか冷静に考えてほしい。自国通貨建て国債がデフォルトしないというのは財務省自身も認めている話だし、デフォルトしないまでもインフレを呼ぶのが問題というなら、発行量を適切に管理していけばいいだけの話だ。

 だいたい国の将来に向けた投資の結果インフレになるというのなら、今の世代はそのリスクを積極的に受け入れるべきだろう。将来世代への負担は避けたいといいながら、インフレリスクは嫌というのは矛盾している。

 現状でも28兆円もの国債を発行していて放漫財政という屁理屈をこねる国会議員もいるが、NHKや日経が報道する財務省の数字は、そもそも一般会計に計上する必要のない借り換え費と、金融機関の日銀当座預金に積まれるだけで国民経済に出ていかない利払い費を含めて過大に見せかけており、現状の日本の歳入に占める通貨発行としての国債発行額は令和7年予算フレームにあるとおり、7,835億円と、兆単位で言うとたったの1兆円。これで一体どうやってインフレを引き起こすつもりなのか逆に聞いてみたいぐらいだ。森永卓郎さんも指摘してたように、安倍晋三がコロナ対策で財務省の猛反対を押し切り、国債を100兆円出しても全くインフレは起こらなかったのですよ。
https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2025/seifuan2025/02.pdf

 国債の発行は将来世代への負担の先送りだという悪質なデマも聞こえるが、上に書いた通り国債は借金ではないので負担になどなる訳が無い。むしろ財源を理由に国債の発行を抑制し、インフラやサービス供給能力が毀損されるに任せる方がよほど将来の負担になるだろう。現に財源を理由に上下水道のインフラ更新を怠った結果があちこちで噴出しているではないか。

 テレビでは日本は国債発行額が多すぎて財政危機だとうるさく報道されているが、それは日本円を沢山発行した結果に過ぎないし、国債金利が低いのだからむしろ健全というべきだろう。危機どころか、あれだけ批判された大阪万博が黒字という話も聞くのだから、ここで国債を発行して大規模減税、大規模投資すれば、30年の低成長の反動も加わって高度成長する可能性が高い。皆さん忘れているかもしれませんが、高度成長期には財政投融資という形で一般会計に匹敵する規模での国への投資が行われていたのですよ。

 ここに改めて強調しておく。国債は国の借金ではありません。国の将来のための投資です。

 

おじさんの自由研究(4)

今回のテーマは「特殊相対性理論

少し前、NHKで「朝までラーニング」という番組をみた。この番組はサンシャイン池崎さんが様々なテーマについて100分間、専門家から教えを請い、最後に学んだ成果を発表するというものである。その時のテーマは「相対性理論をサラッと説明できたらカッコいい!」というものであったが、字面の軽さに似合わず内容は結構気合の入ったもので、おじさんは大学で習ったはずなのだが正直ついていけず悔しい思いをした。従って今回の自由研究のテーマはこの番組で説明されていた、特殊相対論の白眉ともいうべきエネルギーと質量の等価性を表す式、

E=mc^2

を番組の流れに沿って自分なりに導出することとする。なお番組では後半の説明がかなり駆け足となっており理解がおぼつかなかったので、番組の講師を務められていた大阪工業大学・真貝寿明先生がネット上で公開されている講義資料を参考にした。

マクスウェル方程式

19世紀末、物理学はほとんど完成された学問だと考えられていたが、光の速度に関する謎が残っていた。マックスウェルは光も電磁波の一種であり、その性質をマクスウェル方程式として知られる4つの式にまとめ上げた。真空中でのマクスウェル方程式は以下のようになる。

\nabla\cdot{E}=0 \tag{1}
\nabla\times{E}=-\frac{\partial{B}}{\partial{t}} \tag{2}
\nabla\cdot{B}=0 \tag{3}
\nabla\times{B}=\epsilon_0\mu_0\frac{\partial{E}}{\partial{t}} \tag{4}
ここで(2)の両辺に\nabla\timesを作用させると
\nabla\times(\nabla\times{E})=\nabla\times(-\frac{\partial{B}}{\partial{t}})
\nabla(\nabla\cdot{E})-\nabla^2{E}=-\frac{\partial}{\partial{t}}(\nabla\times{B})
(1)と(4)を使って
-\nabla^2{E}=-\epsilon_0\mu_0\frac{\partial^2{E}}{\partial{t^2}}
ここでc=\frac{1}{\sqrt{\epsilon_0\mu_0}}と書くと
(-\frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial{t^2}}+\nabla^2)E=0
 
但しここで、
E:電界ベクトル、B:磁界ベクトル、\epsilon_0:真空の誘電率\mu_0:真空の透磁率

となって電界Eに関する波動方程式が得られる。磁界Bに関しても同様な波動方程式が得られることから、これらは速度cで電界と磁界が相互にお互いを生成しながら進む、電磁波の存在を示唆していた。

このcは当時測定された光の速度ともよく一致するため、光も電磁波の一種と考えれば説明がつく。しかしその仮説を受け入れると、2点が疑問として浮上する。

  • 波の速度は観測者の媒質に対する速度に依存して変化するものだが、どこから見た光速がcになるのか
  • そもそも電磁波を媒介する媒質とは何か

仮に宇宙が電磁波を媒介する媒質(これを「エーテル」と呼んだ)で満たされているとすると、地球は自転していて太陽の周りを公転していることから、エーテルに対して何らかの運動をしていると考えられる。なので地球上で光速を厳密に測定すればその変動が観測されるはずだが、当時の技術では光速の厳密な測定は不可能だった。そこでマイケルソンとモーリーは巧妙な仕掛けを考えた。
エーテル中を移動する慣性系で観測される光速は、移動方向とそれに対して直交する方向で微妙なずれが期待される。このずれの変動であれば、光の干渉を使って観測可能であることから、宇宙空間を満たすエーテルの中を移動する、地球の自転や公転による変動を検出しようと試みたのだ。しかし結局そのような変動は観測されず謎は残った。

ローレンツ変換

この謎に対してローレンツは動いている物体は、進行方向に対して縮むという仮説を提唱した。静止系の座標と時間をx,t、これに対して速度vで移動している系の座標と時間ををx',t'とすると、両者の関係は

x'=\frac{x-vt}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\tag{5}
t'=\frac{t-\frac{v}{c^2}x}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\tag{6}

y'=y,z'=z

になるというものである。根拠は特になく、移動系で測定した距離と時間は静止系で測定すると\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}倍になると考えれば、両方の系における光速が同じになるという、いかにも結果オーライな考え方からであった。またこの変換によってマクスウェル方程式は形を変えないということも発見したが、その理由はわからなかった。

特殊相対性理論

これに対して、アインシュタインは次の2つの原理を仮定すればローレンツ変換が導けるとする、特殊相対性理論を提唱した。

  • 相対性原理
    • あらゆる慣性系において物理法則は同じ式で記述される
  • 光速度一定の原理
    • あらゆる慣性系における光速は同じである

今回の自由研究でも、まずこの原理からローレンツ変換を導出する。なおローレンツ変換ではy,zは変化せず、y=y'=0,z=z'=0としても一般性を失わないことから、以後定義で必要な場合を除いて、y,zに関する表記は省略する。

まず相対性原理から、静止系x,t、それに対して速度vで移動している移動系x',t'の座標変換を考える。慣性系が異なっても同一の式で記述されるためには、静止系と移動系の座標変換は線形であることが要請されるから、座標変換について以下の2式を仮定する

x'=Ax+Bt\tag{7}
t'=Dx+Et\tag{8}

次にどちらの系においても観測される光速は同じcであることが要請されることから、それぞれの系における時刻0に原点を出た光の波面の位置は

x^2-(ct)^2=0\tag{9}
{x'}^2-(ct')^2=0\tag{10}

なので、これらをまとめて

x^2-(ct)^2={x'}^2-(ct')^2\tag{11}

これに(7),(8)を代入し、x,tに関する恒等式としてA,B,D,Eが満たすべき条件を求めると、

A^2-c^2D^2=1\tag{12}
AB-c^2DE=0\tag{13}
c^2E^2-B^2=c^2\tag{14}

またx'=0x系では速度vで+方向に移動していることから、

0=Ax+Bt
x=vt
B=-Av\tag{15}

(12),(13),(14),(15)からA,B,D,Eが求まり、v=0のときx=x'となる条件から符号の曖昧さが取れて、

A=\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}},B=\frac{v}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}

D=\frac{v}{c^2}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}},E=\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}

これらを(7),(8)に代入すると、ローレンツ変換(5),(6)が得られる

おじさんのノート ここまでは数学的にはそれほど難しくはないが、(9),(10),(11)が腑に落ちない。(9),(10)ではxが光速で移動しているとした結果なのに、(11)以降ではその条件が外れてしまっている。つまりここで重要なのは(11)であって、(9),(10)=0は不要なのだ。というのも後にミンコフスキーによって世界間隔、s^2=x^2-(ct)^2ローレンツ変換により変化しない保存量であることが示されるからである。なのでこれは端的に言って結果オーライなのだが、アインシュタインは正体不明の物理量を導入するのを避けようとしたのかもしれない。

相対論的力学

以上の議論でローレンツ変換の必然性を説明することができた訳だが、ここでこれまでの議論を振り返ってみよう。特殊相対性理論インパクトをまとめると以下2点である

  1. 時間の進み方は観測者によって異なる
  2. 物理法則は時間空間を含めてとらえなおす必要がある

この結論に基づき、ニュートン物理学の基本である運動方程式

F=ma=\frac{dp}{dt}

を、時間を含めて考え直してみる。そのため、慣性系によらない時間、慣性系の中で静止している人の時間である、固有時間\tauという時間を導入する。固有時間の導入には世界間隔が必要なので、先にそちらを導入する。

世界間隔

 (9),(10)ではxt=0で原点を出発した光の位置としたため、x^2-(ct)^2の値は0となったが、xを一般に移動する物体の位置として扱ったときのx^2-(ct)^2の値はローレンツ変換によって変化しない不変量であることに気づいたのがミンコフスキーである。ミンコフスキーはアインシュタインの最初の論文を読んで、幾何学的な考察を加えることによってその事実に気づいた。この量を世界間隔として導入する。

s^2=x^2-(ct)^2\tag{16}

念のためここで(16)ローレンツ変換を適用してみる。(5),(6)x,tx',t'を入れ替えると分子の符号が逆になることに注意して計算すると

s^2=\frac{(x'+vt')^2}{1-\frac{v^2}{c^2}}-c^2\frac{(t+\frac{v}{c^2}x)^2}{1-\frac{v^2}{c^2}}=x'^2-c^2t'^2

となって、x,t系で計算した世界間隔とx',t'で計算した世界間隔は同じになることが確認できた。

固有時間

移動系と静止系でsの値は変わらないので、

x^2-(ct)^2=x'^2-(ct')^2

移動系で原点にある物体を想定しx'=0t'\tauと書くと

-(c\tau)^2=x^2-(ct)^2

xは速度vで+方向に進んでいるのでx=vtを使って書き直すと

\tau=\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}t\tag{17}

この\tauを固有時間という。

四元座標、四元速度、四元運動量、四元力

上で得られた\tauを用いて運動方程式を書き直してみよう。

F=\frac{dp}{d\tau}

pは運動量であり、運動量とは質量と速度の積である。相対論的な速度は位置座標に加えて時間座標も考慮する必要があるので、4元速度を導入する。

u^\mu=\frac{dx^\mu}{d\tau},\mu=0,1,2,3

ここで、x^\mu,\mu=0,1,2,3は4元座標であり、x^0=ct,x^1=x,x^2=y,x^3=zとなる4次元ベクトルである。これまでt,xは定数として扱っていたが、ここからは動き、つまりいずれも\tauの関数であるとして議論することに注意する。この4元速度についても(16)と同様な保存則を求める。

u^0=\frac{dx^0}{d\tau}, u^i=\frac{dx^i}{d\tau}

であり、(17)から

d\tau=\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}dt

であることを使って

u^0=\frac{dx^0}{d\tau}=\frac{dx^0}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}dt}=\frac{c}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}
u^i=\frac{dx^i}{d\tau}=\frac{dx^i}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}dt}=\frac{v^i}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}

となる。これらを用いて4元速度に対する保存則が得られる。

-(u^0)^2+(u^i)^2=\frac{(v^i)^2-c^2}{1-\frac{v^2}{c^2}}=\frac{(v)^2-c^2}{1-\frac{v^2}{c^2}}=-c^2 \tag{18}

同様にして4元運動量を定義する

p^\mu=mu^\mu,\mu=0,1,2,3

p^0=m\frac{dx^0}{d\tau}=mu^0=\frac{mc}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\tag{19}
p^i=mu^i=\frac{mv^i}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}

これらについても(16),(18)と同様な保存則が成り立つ

-(p^0)^2+(p^i)^2=-m^2c^2 \tag{20}

この4元運動量を用いて相対論的力学における運動方程式が次のように書ける

F^\mu=\frac{dp^\mu}{d\tau},\mu=0,1,2,3

F^\muは速度や運動量と同様に力を四次元化した量であり、4元力という。これについても(16),(18),(20)と同様な保存則を求めたい。このため(20)\tau微分する。

-\frac{d^2(p^0)^2}{d\tau}+\frac{d^2(p^i)^2}{d\tau}=-p^0\frac{dp^0}{d\tau}+p^i\frac{dp^i}{d\tau}=-p^0F^0+p^iF^i=0

となって4元運動量ベクトルと4元力ベクトルは直交し、それらの内積は座標系によらず0となる保存量であることがわかる。これを用いて4元力の時間成分を空間成分で表すと次のようになる。

F^0=\frac{p^i}{p^0}F^i=\frac{v^i}{c}F^i

質量とエネルギーの等価性

以上の考察で4元運動量、4元力の性質が明らかとなり、これらが満たす保存則が明らかになった。ここで、ニュートン力学でいうところの「力」を「ニュートン力」と呼ぶことにすると、静止系におけるニュートン運動方程式とは、静止系で物体にかけたニュートン力が移動系の運動量に変化する関係を述べた式ということになり、従って4元運動量を静止系の時間t微分した値となる。その空間成分をfとすると

f=\frac{dp^i}{dt}=\frac{dp^i}{d\tau}\frac{d\tau}{dt}=\frac{dp^i}{d\tau}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}=F^i\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}

時間成分は

\frac{d(cp^0)}{dt}=\frac{d(cp^0)}{d\tau}\frac{d\tau}{dt}=cF^0\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}=c\frac{v^i}{c}F^i\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}=v^i\cdot f

となる。ここでv^i\cdot fは単位時間あたり物体に与えられるエネルギー、つまりパワーなので、これを時間について積分したcp^0はエネルギーということになる。

E=cp^0

これを(19)式を用いて書き直すと、

E=cp^0=\frac{mc^2}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}

となる。我々の日常世界である、v \ll cのときはこの式はvについてのマクローリン展開で近似することができて

E=cp^0=mc^2+\frac{1}{2}mv^2+...

特にv=0のとき

E=mc^2

となる。つまり物体は静止しているときもエネルギーを持ち、それは質量と等価であるということだ。

おじさんのノート後半のE=mc^2の導出についてアインシュタイン自身は電磁波の運動量を使った、もう少し直観的な方法で導出しているのだが、前半で明らかになった特殊相対論のインパク
  1. 時間の進み方は観測者によって異なる
  2. 物理法則は時間空間を含めてとらえなおす必要がある
から直接導かれてはおらず、番組で紹介されていた手順の方が腑に落ちると感じた。この手順だとE=mc^2は世界間隔の保存⇒4元速度の保存⇒4元運動量の保存⇒4元運動量・四元力の保存⇒その時間成分と空間成分の関係、という流れで理解することができてすっきりする。

参考資料
真貝寿明,相対性理論 アインシュタインはどこまで正しいのか,https://www.oit.ac.jp/is/shinkai/lecture/iwate202202/RelativityText_Shinkai_2022Feb.pdf