starwish’s diary

snow crushを読んだ

amzn.asia
メタバースメタバースと騒がしいので遅ればせながら読んでみた。原著は92年、翻訳は98年に出ていたらしいが迂闊なことに未読であった。
これはネット上に構築された仮想空間「メタバース」に、いわゆるVRゴーグルを用いてアクセスすることで物語が進んでいくSF小説である。この「メタバース」が、メタ社(facebook)が始めるサービスコンセプトに近いという理由で本書が担ぎ出され、にわかに注目を浴びるようになったと聞く。
wikiなどにはこの類のサービスはsecond lifeが元祖みたいな書かれ方がされているが、90年代後半に流行った、いわゆる「3Dチャット」を忘れてほしくないと私は思う。VRゴーグル(当時はHMD:HeadMountDisplayといっていた)はまだ普及していないので、画面上の疑似3D空間をマウスでぐりぐり動かすというシステムだったが、各社競うようにしてサービスを展開、その一端に私もいて、朝から晩まで仲間と一緒にコードを書いていた。当時はpentiumがやっと世に出た頃、マシンも非力でネットは電話回線、アバタは平面、動きはカクカクと、今と比べるとリアリティには欠ける代物だったが、足りない分はメーカーとユーザーの溢れる熱気と想像力で補い、それでもなお余りがあった。
更に言うと「3Dチャット」も、84年に発表されたウィリアム・ギブソンSF小説ニューロマンサー」や82年公開の映画“TRON”に影響を受けていた。特に「ニューロマンサー」は、「サイバースペース(電脳空間)」という概念を初めて世に提示した記念碑的な作品で、ITに関わる人間でこれを知らない奴はモグリだといわれるぐらいの革命的な存在であった。
その「ニューロマンサー」では抽象的に描写されていた「サイバースペース」を具体的に技術的に実装して表現してみせたところに「スノウ・クラッシュ」の目新しさがあったのだろう。92年というまだまだMS-DOSが幅を利かせていた時代にこれが想像できたという筆者は、相当なパソコンおたくだったに違いなく、読んでいてニヤリとさせられる描写も多かった。ただ物語の大きなポイントである生成文法(人間が言語を操る本能)へのアプローチが文化人類学的で、「メタバース」とは関係なく展開していくところは物足りなかった。本書が書かれて以降、特に2010年代に入ってからの計算機による自然言語処理技術の進歩は目覚ましく、深層学習の結果、計算機のメモリ内に生成文法が構築されているのではないかという話もある。この辺の話をうまく取り込めれば、シリコン世界でクールな物語を紡げるのではないかとも思う。